kaffa佐渡計画

動き出してしまった「kaffa佐渡」計画。

ずっと佐渡に拠点が欲しいと思っていた。犬たちを連れて、いつでも、誰とでも、気がすむまで滞在できる建物を。

だが、しかし、頻繁に佐渡へ渡るのも交通費、滞在費などを考えると、経済的に無理だとも考えていた。フェリー代だけで、往復50000円(車1台、大人2人、犬3匹、2等)なのである。

元々、佐渡へのご縁は、ECのハーバーマーケットに出店するという「商売」だったし、やはり、商売を絡めなければ、やすやすとは動けない。吉祥寺と同じである。交通費を稼ぐための商売。

だから、佐渡の拠点は、商売もできる必要があった。

移動トレーラーで、佐渡のあちこちで移動コーヒースタンドをやるプランもあった。冬、佐渡の北の方の誰も居ない海辺で荒れ狂う日本海の波の飛沫を浴びながら、コーヒーを淹れる。これをドローンかなんかで動画を撮って、InstagramYouTubeで流す。佐渡中のあちらこちらで、四季折々、その風景と音とコーヒー淹れるだけの動画チャンネルは、うまくやればそこそこ人気が出るのではないだろうか?そうすれば、もう少しコーヒー豆が売れて、佐渡往復のお金の心配は要らなくなるのではないか?とかも、考えました。これは、佐渡の観光振興事業のひとつとして助成金すら貰えるかも、とまで考えました。

でも、kaffaバスは売ってしまったし、新たに移動販売車兼キャンピングカー(犬3匹付き)や、ドローンを買うみたいなのが可能な資本家ではないので、机上の空論だし、そもそも、それをやりたいのか?と自問すると、やりたくはない。そこでコーヒー淹れるのは良いけど、撮影してどうのこうのというのが、マーケッティングみたいなのがやりたくない。

では、オーソドックスに、どこでも良いから拠点でコーヒースタンドやれば良いじゃんと言っても、コーヒースタンドでコーヒーを普通に売って、佐渡汽船のフェリーに乗れるか?ECとか、イベントならともかく、例えば、佐渡のひとけの無い海も見える山の中に、ちょうど良い拠点を手に入れて、そこでコーヒースタンドをやっても、お客さんはたぶん、来ない。

イベントでもない限り、コーヒスタンドで佐渡汽船のフェリーには乗れない!のだ!

佐渡汽船のフェリー代を軽々と稼ぎ出す商売が可能で、犬3匹が一緒に住めて、海が見えて、我々にも支払える家賃で、欲を言えば、近くに民家はなく、佐渡に、できれば南佐渡に貸家が在れば。というのが、kaffa夫婦の長年の欲望でした。

そんなうまい話があるわけがない!じゃないですか?

ところが、あったのです。

「人里離れた」という条件以外は、うってつけ、というか、面白い建物が、あったのです。

小木港まつりが終わり、今回佐渡最後の夜。お世話になった家族の晩御飯に混ぜて頂く。

話の中で、「どうだろ?あそこ。」

「あ、あそこでコーヒー屋やれば良いじゃん。」「一等地!」「みなと公園正面!」「フェリーターミナルから見えるし!」「朝、モーニングとかさ、朝からやってるお店無いから!」「家賃もたぶん、安いよ!」

そんな建物あったっけ?という感じだったのですが、話を聞けば聞くほど、やりたくなってきました。その建物、関わっている佐渡の人たちの話。

で、翌朝、帰る日の朝、さっそく、その建物を見に行きました。中を覗いて見たりもしましたが、奥に深い建物で、全貌は不明。一見、崩れかけた古いお店。2階部分を大きく覆う巨大な古いブリキの看板が目立つといえば目立つ。

建物正面が、街路樹の銀杏の木によって目立たないけど、確かにあった。

が、その時点での僕の印象は、「難しいな。」だったような気がする。これをkaffaなりのお店に改造するのは大変だなあ、と感じた。その建物の外観には何の魅力も感じなかったからだと思う。

それから、友人が鍵をもっている方を電話で呼んでくれて、1時間後には中を見ていた。一階は、とにかく奥に深くて、後から送って頂いた図面によると、間口約8m、奥行約18mの建物で、2階は間口4.5m✖️8.5m位の広さである。

2階に登って初めて、この家が元々かなり古い家である事がわかった。2階を見て、僕は、「ここでやりたい」と思ったような気がする。

二階の港側。看板の裏。ここを窓にしたい。
2階の反対側。窓から、奥のブロック積の屋根の上に出られる。

たぶん元々は、細長い敷地に建つ小さな二階屋だったところへ、時代が下がって、後方にブロック積の建物、さらに、下屋を継ぎ足して作られているように思われる。最終的には敷地全部を屋根で覆う形になっている。ブロック積の壁と、崩れそうなコンクリート天井の部分は面白いと言えば面白い。その他は、木の構造に外側にトタン類、内側はボロボロの化粧合板の壁。隙間は色々ある。

店の奥
奥の片側はブロック積。左手に下屋。

焙煎人は建物にうるさい人である。その彼女が、初見で「決めた」のは人生2度目の事だそうだ。

改装計画ではなるべく、古い家の構造を剥き出しにしていきたい。現状では、2階では見えるが、1階では古い家の構造が合版と天井ボードとトタンに覆われて隠されている。

改装の手始めとしては、これらを剥がしていく事から始めるつもり。少なくとも、これには費用は、ほぼかからないし。

来春までの計画では、一階の手前の部分をカウンター付きの店舗にする。2階を居住空間にする。

2階妻壁を覆う看板を撤去して、新たに妻壁を造って窓にする。これは、少し大変な工事かも。しかし、これをしないと、2階からせっかくの港が見えない。海からの朝日を浴びる窓は、ぜひ欲しいから頑張りたい。

お店は、コーヒースタンドとして、コーヒー淹れたり、豆を販売したり、モーニング等の軽食や、おやつを提供したり。基本的にテイクアウトで、目の前のみなと公園で、フェリーに持ち込んで、等のご利用を考えている。

6時からオープンで。

コーヒースタンド以外には、「ちょっとした佐渡のお土産物屋」を考えている。

佐渡で物作りをしている方々のもの。縁のある、量産品ではない、土人形、藁細工、竹細工、陶芸、木工品、加工食品、コーヒー豆などを展示販売したい。フェリーに乗る前に「ひとつとして同じ物のない佐渡土産屋」で。

一階は、コーヒースタンドだけとしては、かなり広いので、もし、計画がうまく行くようで資金のメドがたったなら、客席やギャラリースペース、イベントスペースみたいな空間にしていきたい。

今のところ、色々と「竹」を使うつもりでいる。内外装、什器、家具など。

竹は刈ってくる労力さえ厭わなければ、タダ同然で手に入る。

10年以上前、佐和田の商店街のお土産物屋さんが閉店セールしていた。そこで、格安で買った佐渡の竹ザル。僕は別に民藝品に詳しくはないけど、あのザルは好きだった。

佐渡は昔から良質な竹が育ち、竹細工等の竹工芸が盛んだったし、小木も竹細工の中心地であったらしい。

古ぼけた「小木竹工センター」という看板もある。いつも気になっているのだが、開いている気配がない。調べた所、今小木で活躍されている竹細工工房さんが一軒あるだけだ。

佐渡の竹工は、これからの時代、復興すると思う。ただ同然の美しく丈夫で軽く、加工も容易な天然材。再興に必要なのは、技術、道具の継承と、若い意欲ある人々である。たぶん、需要は増えてゆく。「竹細工やりたい人」も僕の周囲には増えているように見える。

佐渡には、少なくとも10年以上前から、「佐渡バンブークラブ」という竹愛好家の皆さんが居る。アースセレブレーションで、毎年のように、竹のシェルターを作ったり、素浜海岸で、竹の大人と子どもの遊具を作ったり、両津の公共スペースの外観を竹で覆ったり、竹の楽器作り等、「竹大好きなんだろうなあ」という人たちが居ます。

kaffaがアースセレブレーションのハーバーマーケットで竹のお店作りを始めたのも、彼らが作った竹シェルターに刺激されたからです。

彼らはたぶん、竹を使っていろんな事ができるのだろう。これから佐渡で色々教えていただきたいと思っています。

竹にこだわる事で、佐渡の竹工芸再興に、少しでも貢献できたら、と思う。とりあえず、店の奥は、竹細工作業場にはできそうなので、僕も竹ザルに挑戦するつもりです。

kaffa佐渡は、年中できない。たぶん、年間45回位しか往復できないのではないか?我々夫婦で営業できるのは、たぶん年間150日に満たないだろう。

我々の留守中は、「誰かやりたい人が居れば、やってもらう。」スタイルで考えている。コーヒースタンドやってみたい佐渡在住の人。誰でも良いわけではないけど。自分の作品展示しながら、コーヒースタンドやりたい物作りする人とか、もちろん、マイクロロースターさんたち。コーヒー好きな人たち。とにかく小木の一等地?で何かやりたい人たちが気軽に使えるスペースとして開放できたら良いなと思う。

若い人にとって、これから佐渡でどう生きるか?「半農半X」「半芸半X」「半漁半X」「半遊半X」。結局の所、「必要なお金を稼ぐ為の半X」をどうするか?その時、小木の店はアイデア次第で、面白く使えるのではないか?

あとは、ぜひ僕が佐渡に来て欲しい人たちが何人も居るので、その人たちが佐渡で楽しく商売して、佐渡汽船のフェリー代、美味しいお寿司代を稼ぎ出しながら、短期間でも滞在型商売が可能なように整えたいなあ、という願いもある。

佐渡の人たちをその人たちに紹介したいし、その人たちを佐渡の人たちに紹介したい。そのような拠点にしたい。

結局、佐渡に行った…そして ②

両津から目的地小木へ向かいました。1時間弱のドライブ。いろんなルートがあるけれど、最短時間はやはり、国仲平野を抜けて真野、真野から海岸線を通過して小木。

初めての佐渡もこのルートだったなあ。真野には、アースセレブレーションで毎年お世話になった「五島牛乳」さんがある。我が子に言わせると「五島牛乳」は世界一旨いらしい。(僕は牛乳をストレートで飲まないのでわからない。)

人生で初めて佐渡の海に触れたのは、途中の「人面岩」の海岸だったなあ。

アースセレブレーションの3日間、毎朝、五島さんに牛乳を受け取りに通った道。3年ぶりに嬉しい。

ちなみに、僕は佐渡島では運転は全く苦痛ではない。海が見えたり見えなかったり、佐渡独特の古い民家、田んぼ、竹林、柿園。それらが夏の青い空と白い雲、そして海と光。一日中でも運転してられると思う。

2年間のご無沙汰にもほとんど変わる事のない風景の中、小木に向かう。

ここ10年近くは、ずっと羽茂大崎という里でお世話になっていたが、今回は小木の町中。アースセレブレーションが行われる町。直江津~小木航路の町。今は残念ながらジェットフォイルのみの運行だけど、来年春には、カーフェリーが復活する。小木にはやはり甲板がちゃんとあるカーフェリーが必要だと思う。「送り太鼓」のためにも。

この町で、佐渡の夏を締めるような「小木みなと祭り」が毎年ある。たいていアースセレブレーションの翌週だ。今までに一度だけ「小木みなと祭り」まで佐渡にいた事があった。一度だけアースセレブレーションが終わった翌々日に小木みなと祭りが行われた年があった。なぜかは知らないけど。その時は、「花火大会」だけを見た。「みなと祭り」というより「花火大会」だと認識していたような記憶がある。

今回、この「小木みなと祭り」を楽しむ事をメインのつもりで来た。(とは言え、祭りは言い訳のようなもので、とにかく佐渡に来たかっただけなのだが。)

羽茂高校郷土芸能部の若い友人がこの祭りの舞台で踊るというので、それを観るのが目的のひとつ。というか、彼と彼の妹にただ会いたかった。彼らと我が子2人と一緒に過ごす時間、そして彼らの家族、周囲の人々とアースセレブレーションが僕たち夫婦を佐渡に惹きつけてきたのだと思うくらいだ。

ああ、彼らの周囲のいろんな人たちが思い浮かぶ。その人たちとの出会い、人となりをここに書き連ねても良いのだが、やめておこう。どんなに言葉を尽くしても伝わらないような気がするし、独りよがりで嘘っぽい気がするから。僕は、どうしたって年に一度やってきて勝手に感動して帰って行く部外者なのだし。便宜上、友人と呼ばせてもらったりもするけど、実際には、彼らの事を深く知っているわけではないし。ただ、彼らが、彼女らが僕にとっては、とても大切な存在で、彼ら、彼女たちらが健やかに佐渡に居るというのが、とてもありがたいと思う。

ちなみにこれ位は良いかな?と思う話。いま中学生の女の子の話。彼女と親しくなったのは、たぶん彼女が小学生低学年位の頃だと思う。

僕は誰かと立ち話をしていたのだと思う。側には彼女がいた。たぶんうちの子どもたちも彼女の兄もいた。会話中に、突然、彼女が僕の顔の前でパンっと手を叩いて、注目させた。で、「ねえ、ねえ、おじさん!」僕は思わず彼女を見た。「何⁉️」「おじさん、なんでそんなに老けてんの?」「えっ⁉️」たぶん、横からしげしげと無遠慮に僕の顔を見てたんだと思う。そしてそれが素直な心からの言葉だったのだと思う。一同爆笑である。全く不快ではなかった。喜びすら感じた。彼女は真っ直ぐだ、今でも。

まあ、そのような(どのような?)人たちが佐渡には居る。少なくとも今のところ、僕は佐渡で嫌なヤツに出会った事はない。

さて、小木に到着。土曜日の午後。小木に着いて気がついたのは、「小木みなと祭り」は土日の2日間。そして土曜が花火。ずっと日曜日が祭りだと思っていた。だから前日に落ち着いて、翌日の祭りを楽しもうという腹づもりだったのだが、祭りは既に始まっていたのだった。

居候先は友人のお店の奥。お店には沢山のお客さんが並んでた。そこで挨拶もほどほどに、とりあえず、早朝3時からの長旅でうんざりしているであろう犬たちをフリーにする為に素浜海岸へ。小木から車で15分。長い砂浜の海岸。海水浴場以外には人っ子一人居ない。そこで、犬たちをフリーにする。  

4年前のアース後の夜、撤収解体した竹のお店の竹の一部をここで燃やした。そこでシイやんが爆ぜる竹の音にパニックになり行方不明。3日間殆ど眠ってない激務のコーヒー屋稼業の後の必死の捜索で翌日の昼過ぎに発見、ギリギリ帰りのフェリーに間に合う、という事件もあったなあ。泣きそうになりながら車で捜し回りながら、最後、バックミラーに後ろから追いかけて来るシイやんを見た時、嬉しかったなあ。あの時、キャンプ中のアース出店していたご夫婦も長い時間、捜してくれたんだよなあ。彼らも疲れてたはずなのに。JAのお店の職員さんが「お客さんが今朝小木に向かう道で黒い犬を見かけたらしいですよ。」とわざわざ電話で教えてくださったんだよなあ。

10年、いろいろあったなあ。たくさんの人に助けていただいたなあ。

もう、何を書いているのか、次から次へと思い出が

ごめんなさい。このブログでお伝えしたいことは、最終的には「kaffa佐渡」計画の事なんだけど、なかなかそこまで辿り着きません。

せっかく書いたので書き直しはしないで、この続きはまた!

結局、佐渡へ行った!…そして!①

コロナ陽性者激増で、お盆前から8月いっぱい佐渡に滞在して、コーヒー淹れながら、お盆、アースセレブレーション、小木港祭り、海を堪能する計画を諦めたkaffaです。

毎日、佐渡市の陽性者数を確認し、減少に転じる奇跡を願いつつ、ずるずると夏が終わっていきました。

佐渡行きに備え、吉祥寺の営業は休み、赤城山で細々としたコーヒーの注文に応えながら、激増したり、ちょっと減ったりする数に悶々としながら、アースセレブレーションも諦めたのでした。

時折配信されるアースセレブレーションの動画を観ながらも、僕の心には祝祭はなく、逆に、後悔のような、佐渡に行けたのにもかかわらず行かない決断をした自分自身が辛くて、祝祭3日目には鬱状態?のようになっていました。

佐渡に、犬たち共々行きたい時に何の気兼ねもなく滞在できる拠点さえあれば、と何年も思い続けて来ましたが、今回、不動産情報を見てはGoogleで場所を確認して「場所だけでも見に行ってみる?短期間なら大丈夫じゃない?」などと提案してくる焙煎人に、不思議と乗り気になれず、日に日に無気力になる。やる気も湧かず、これではいかんと思いつつも、その気分を打開できない。

ここ数年、体力、気力も衰え、「ああ、歳なんだなぁ。」と老けこんでゆく中、本拠地赤城山も、吉祥寺も、やるべきことにも手が出ず、中途半端な衰退ムードに支配されておりましたが、それを払拭すべく、楽しみにしていた3年ぶりの佐渡を諦めた事でネガティブに拍車がかかり、「あー、どうせ老い先短いし、お金もないし、今さら佐渡に新拠点なんて無理無理。」「死んでしまう前にあと何回佐渡に行けるのかな?」「そもそも、こんな気分で佐渡に行ったところで何をするのか?」「このまま眠って目覚めないのも楽で良いなあ。」などとドツボにハマっていく思考。うっすらとした希死念慮と言うのでしょうか。

でも、何となくですが、「行けば何かがあるはずの佐渡」という経験の積み重ねからか、最後まで佐渡行きのチャンスを諦めきれずにおりました。

お盆が終わり、アースセレブレーションが始まり、予想通り陽性者数は増えていましたが、821日の128人をピークに、22日に80人、翌日に72人とチェックし始めて初めて2日連続で陽性者が減りましたし、SNSでチェックする限り、佐渡が大変な状況に陥っているとも見えません。

もしかしたら行けるかも。小木みなと祭りだけでも行きたいな、と考え始め、焙煎人と相談してたら、東京の娘も「行くなら行きたいな、佐渡」とLINE。これが実は大きかった。

そして825日。もしかしたら、佐渡のみなさん、あちこちで発症したり大変なのでは?と危惧しつつ、思い切って佐渡の友だちに恐る恐る連絡してみました。すると、「全然大丈夫!」とのありがたい返事。

急遽、無料のPCR検査を受け(結果は27日に出るという)、バタバタと準備し、検査結果はまだ出てなかったものの26日に翌日土曜日の新潟港発の佐渡汽船のフェリーを予約。東京から2年ぶりに娘を赤城山に迎え、準備におおわらわ。

もはや鬱状態ではありません。行けるとなると俄然元気が出てきてワクワク。バリバリと準備を進め、夜には予定より早く検査も陰性を確認できて、2時間程眠り、早朝3時に赤城山を出発し、下道で新潟港まで。出港2時間前に新潟港に着き、犬たちと散歩して、朝食に「ながも蕎麦」を食べ920分発のフェリー「おけさ丸」に乗り込みました。

運河のような狭い新潟港で、お尻だけ舫い綱を外さずに運河を塞ぐようにUターンして出港するのが好き。

3年ぶりのフェリー。2時間30分の船旅。甲板のペット連れコーナー。遠くに見える佐渡島。念願の佐渡島。

佐渡汽船、ペット連れには快適。甲板にも、室内にもペットコーナーがある。片道500円/1匹位。

827日、1150分、3年ぶりに佐渡島に上陸。何が違うのだろう?

東京の空気、赤城山の空気、佐渡島の空気。そしてそこに居る自分。その違いを言葉にできるほどの鋭敏な感覚はないのだけど、明らかに違う。非日常である、という事も大きいのだとは思うけど。

つづく…。

佐渡へ行きたし、だが…。

3年ぶりに、鼓童のアースセレブレーションが佐渡で観客ありで始まる。819日、20日、21日の3日間。規模は縮小されたけどハーバーマーケットもある。

アースセレブレーションにkaffaを誘ってくれたのは、「ちゃかぽこ洞」のこうちゃんだ。それから連続10回、ハーバーマーケットに出店した。kaffaにとっての夏の佐渡島は、かけがえのない、正月とか春とか、お盆とか以上の大きな区切りで、何かを燃やして灰にしてきれいなものに一部入れ替えるような大事なものなのです。ちょっと宗教的と言って良いかも知れません。

2012年

ここ数年、コロナ前の数回は、EC1週間前に佐渡入りし、様々な方々のお世話になりながら居候し、息子や若い友だちに手伝ってもらったりしながら、竹を刈り、汗をかき、海で遊び、佐渡のごはんを食べ、竹を運び、23日かけて竹のコーヒー屋を作り、汗をかき、また海に浸かって、温泉に入って、佐渡の何かを食べる、という滞在でした。

会場に運び込む。真夏!
犬たちのスペースも必要。

こう書いてしまうとまるで楽園のようだが、本人はヘトヘトです。とにかくとんでもなく暑いです。真夏の竹刈りと、遮るものがない日当たり。息も絶え絶えな感じで、炎天下、竹を切ったり貼ったりしながら店を作る。これがとても面白いのだが、とても辛い。が、誰に命令されてるわけでもなく勝手にやっているので、無理だと思えば海に入って蘇ることができる。佐渡の海は温かくて綺麗で最高ですから。

日照り作業と海水浴により、ハーバーマーケットオープン時には真っ黒というか、真っ赤に焼け上がっております。で、ギリギリに店は完成する。

マーケットがオープンする頃には、僕は抜け殻みたいになっている。しかし、kaffaの本番はここから始まる。で、3日間、朝から晩までコーヒーを淹れ続けるのだ!その合間、空っぽの身体と心に生の「三宅太鼓」が響いてきたりします。これは響きます。

小高い城山公園に野外ステージを組み立て、そこで3日間、多彩なゲストと鼓童がライブする。

ハーバーマーケットは基本朝10時~夜11時まで。だが、2日目からは、朝からコーヒーを飲みたい人々、キャンプしてた人々、ホテルから朝の散歩に出てきた人々、地元小木の爺様や婆様方、ハーバーマーケットに出店している、年に一度会う仲間?たちが、コーヒーを飲みに来てくれる。そうこうしてる間に、港に直江津からのフェリーが到着する。アースセレブレーションのお客さんがどっと下りてくる。みんなワクワクしている。下船後のコーヒーを飲んでいただく。そうして気がつくと、延々とコーヒーを淹れている。

フリーのフリンジでの演奏が始まる。何かしらの生音が聴こえてくる。城山から時折、鼓童のリハーサルであろう音が聴こえてくる。マーケットの楽器屋で、店主と鼓童メンバーが太鼓叩いている。昼時で、飲食店は大忙し。ちゃかぽこ洞の2人はまたケンカしてる。カリンバ売っているはずの人が、路上、焚き火で中華鍋ふるって採りたてのイカスパゲッティ作って売ってる。マーケットは、鼓童のライブを観にきた人々、島中からマーケットを楽しみにやってきた人々でごった返す。クラフト系の作家さんたちが、とても面白いマーケットなので。無国籍感?多国籍感?ワンアース!ピース!みたいな。

2012年。こうちゃんとあきちゃんのちゃかぽこ洞に間借出店。

船が着く度に、といっても一隻が往復しているので6時間毎位なのだろうけど、その度にお客さんが増えてゆく。

夕方が近づくと、城山に向かって人々が移動し始める。城山コンサート目指して来ているテント出店のみなさんもお店を閉めてマーケットから消えてしまう。でも、そこからは島の若い人々が繰り出すお祭りになる。夏休みで帰って来た若者、地元に残った若者、それぞれが夏の夜の祭りを楽しんでいる。「コーヒー屋さん、久しぶり‼️」と島の人に声をかけていただく事もある。ワイワイガヤガヤの夜市だが、城山から時折鼓童の音が聴こえて来る。

暗くなり、ライブが終わるのが20時位なのだろうか、城山から鼓童コンサートから人々が下りてくる。みなさんそれはもう、はっきりとした素晴らしい表情で、あれはもう、鼓童の太鼓の振動で空っぽにされた上にポジティブな鼓童の魂みたいなもの(佐渡から、ひとつの地球へ)を注ぎ込まれて来たように見える。平和でエネルギッシュな顔。太鼓というのはやはりすごい力を持っているんだなあと思います。

アースセレブレーションでは、そんな3日間を過ごしていました。子どもたちは幼児期から中学生まで、夏はここで三日三晩のお祭りを楽しんでいました。年に一度、ここでだけ会えて遊べる友だちが何人か居ました。その子たちと朝から晩まで、会場周辺で遊んでいて、夜中に人様のブースの地面で寝ている我が子を発見する事もありました。幼児から小学生、時々中学生のお兄ちゃんお姉ちゃんたちが、朝から晩まで、果ては朝まで、野放しのマーケット。子どもにとっては、それはもうとんでもない解放区だったと思います。よくぞ無事で乗り切ったものです。佐渡の神様はとても優しい。

店内お客さま休憩室。子どもたちの溜まり場。

そして3日目の夜、「また来年❗️」という挨拶を多くの人たちと交わしながら、撤収作業にはいる。ダラダラと朝まで。

お盆から、佐渡島はどこに行っても生音の太鼓、笛、三味線、滲み入る唄、美しい踊り、美しくはないが楽しい踊り、佐渡の美味しい食べもの、水、空気、海、風土と一体の人々、言葉。お盆過ぎると、鼓童のアースセレブレーションでの太鼓、ドカンドカンと燻り残った何かも吹き飛ばし、ポカンと残った空間に、「鼓童の送り太鼓」がとても優しいあったかいものを流し込んでくれる。

夏の佐渡島でのそういう印象の重なりが、ひとつの大きなエネルギーになって、kaffaの心身を更新してしまうような気がします。

でもコロナで2年間佐渡に行っていない。今年こそは!の今年だった。

当初、8月はほとんど佐渡で過ごす計画だった。ECのハーバーマーケットは、今年はキッチンカーのみの募集だったのでECへの出店はかなわなかった。でも、「佐渡のお店の一角でコーヒー淹れない?」みたいな渡りに船なお誘いもいただいたので、お盆前から佐渡入りして、適度に営業しながら8月いっぱい佐渡にロングステイ!と思ってました。

旗色が変わったのは、78日から始まった東京在住の子どもたちのコロナ感染でした。ほぼ同時に、身近な知り合いで、次々に感染の話が伝わってくるようになりました。おおむね、重症化することも少ないらしいのですが、軽症であっても、経験から言うと、発症したら1週間は動けない、少なくとも普通には食べられないほぼ寝たきり状態になると思います。もちろん、発症しない人も多いと言います。僕も子どもたちの看病を覚悟の上でやったのですが、発症しませんでした。

この先月の経験とその後の東京、首都圏と群馬の状況を見ると、この波はかなりヤバいなあと思っています。

佐渡島は、夏休みの観光客がいっぱい訪れていると思います。佐渡島も観光地ですから、とても大変なここ数年でしょう。今年の夏こそは!という島全体の期待もあるのではないでしょうか?広報なんかを見ても「ウェルカム‼️」みたいな感じでしょうか?お盆が始まり、今年は3年ぶりの帰省の島出身の方々も多いのではないでしょうか?そして、お盆に引き続くアースセレブレーション。

佐渡島では、これから感染が拡がると思います。既に始まっているのですが、許容範囲がわかりません。

僕は、先々週辺りから、ほぼ毎日、佐渡市のコロナ新規感染者数をチェックしています。先週辺りから20人以上が連日です。今週、来週とどの位のスピードで増えていくのか不明ですが、減る事は暫くないのではないか?と思います。

佐渡島の医療機関にとっての許容範囲はどの辺りにあるのだろう?佐渡でも4月頃?の第6波では2050人以上の新規感染者があったみたいで、それで大丈夫だったのだろうけど、どこまで大丈夫なんだろう?

8月後半には連日100人を超える感染者!みたいな状況は想定されているのだろうか?

大抵の人は、安静にきちんとケアされれば大丈夫なので、問題は少数のやばい状態の人が必要な医療にかかれる状態を保てるか?だと思うけど、大都市ではそれは既に崩壊しつつあるみたいだ。実態がわからな過ぎるけど。

佐渡島は離島だ。大きな病院もあまりない。どこまで準備されているのか、全くわからない。

今、僕が悩んでいるのは、

「これからコロナ感染が爆発的に増えると予想される時期にわざわざ外部から半分商売で長期間、それも居候の身で、離島である佐渡に滞在すること」の是非です。

僕と妻が直接佐渡へウイルスを持ち込むことは明確に「非」です。

佐渡で感染し、結果的にウイルスを拡げる一因になるのも「非」です。

佐渡滞在中に発症したとしたら、まず、「帰れない」。船に乗れないのだと思います。発熱者は乗れないと思います。ではお金があったとして、ホテルや旅館は泊めてくれるのでしょうか?そういう人専用の宿泊施設があるのでしょうか?沖縄ではそんな人がレンタカーを借りて車中泊でしのいでいるという例も聞いた。

これが、離島が他の観光地とは大きく違う点だ。

地続きだと、僕ら夫婦が滞在先でどちらかが発症した時点で、車で直ぐにどこへも寄らずに自宅に帰る事ができる。自宅まで帰れれば、あとは何とか、なりやすい。

佐渡では。居候滞在である。発症したら、居候先のご家族、周囲にとんでもない迷惑をかける事になるのは必至である。どこか人気のない素晴らしいロケーションで隔離キャンプも可能かも知れないが、40度の発熱者とキャンプもあまりワクワクはしない。犬たちもいるのだ!

佐渡はどうするんだろうか?アースセレブレーションが終わって、発熱して帰るに帰れない観光客がいるんじゃないだろうか?それが自分たちかも知れないのだ。

僕の予想では、佐渡での感染のピークはアースセレブレーション前後にぶつかってしまうんではないか?と思っている。

今年も佐渡の夏を諦めるのか?

まずは、810日位にと考えていた佐渡入りは諦める。

次に考えられるのは、せっかくだからアースセレブレーションに間に合うタイミング、具体的には818日に佐渡入りする。その時の佐渡島での感染状況によっては、可能かも知れない。

場合によってはアースセレブレーションも諦めて、その後に1週間位居るというのもあるかも。小木港まつりもあるし。若い友だちが、羽茂高校郷土芸能部で演るので観たいというのがあります。佐渡島には若い友だちが2人居て、この2人が居るというのが佐渡に行きたい大きな理由のひとつなので。その1人が羽茂高校郷土芸能部で、踊ったり、太鼓叩いたりしている。

先週、東京で高校生の郷土芸能部の全国大会があり、彼らが出演するというので観に行った。実は、高校生を舐めていて、知り合いのよしみで行っただけなのだが、彼らの出番を挟んだ数校の演技を観たが、度胆を抜かれた。まあ、全国の精鋭だったわけだけど。それにしても。若くて元気で溢れるエネルギーに満ちた完璧な太鼓集団が続々と。君たちは鼓童か?と聞きたくなるようだった。と思ったらロビーには鼓童のブースが!斉藤栄一さんがいらっしゃった、鼓童にスカウトとかあるんでしょうか?

まあ、それはさておき、羽茂高校郷土芸能部の演目は、佐渡おけさ中心の民謡と踊り。女性の唄い手さんが2人。三味線3人、鼓1人、踊り手数人という編成。佐渡のお盆にあちこちの集落で会える組み合わせ。素朴だけど完璧な伴奏に絶妙な2人の声、鍛え上げられたのであろう美しくて上品な踊り。最も「郷土芸能」の伝統による美しさの伝承がはっきりと表現されてたのは、羽茂高校郷土芸能部の演技だったと思います。派手さはなかったけれど、艶やかで上品で美しい演技でした。あの美しさの違いを高校生自身がたぶんわかっているのだろう。彼らは普通の我々が踊る姿と、自分たちのどこが違うのかハッキリ知っているのだろうと思うと、すごいなあ。さすがに、まだそこらじゅうに郷土芸能が風土ごと、人ごと生きている佐渡の若き精鋭たちである。

鼓童の良さも結局そこにある。佐渡に在ること。まだ残っているものごと。佐渡島は、すごい。

と、ここまで4日間くらい書き足して長くなってしまいました。

土曜日にこの夏最後の出店予定イベント「イタリアの朝市~夜市」でした。気心の知れた出店者さんたちと、懐かしいお客さんたち、コロナでご無沙汰な日々でした。kaffaも、東京への往復仕事があり、地元群馬でコーヒーを淹れる事が少なくなっていますし。

この日は、新らしいショップカードのデビューでした。いつものちゃいさんに作ってもらいました。とても気に入ってます。動物たちで肩の荷が重いkaffaです。一応、コーヒー屋です。

そう、このイタリアの夜市でも、日頃から「今年の夏は佐渡で過ごす!」と宣言しまくっていたので、会う人会う人、「あれ?まだ居たんですか?」とか、「そろそろいくんですか?」とか、「いつ、行くんですか?」とか聞かれました。

予定では、このイベントを終え、準備し、明後日頃に佐渡入り、だったのです。本来なら、今、準備におおわらわだったはずです。

昨日の佐渡島での新規陽性者数は、72人(過去最大)でした。これからさらに増えるでしょう。アースセレブレーションはどうなるんでしょう。

そこに僕は居たいのか?居たいならたぶん居る。まずは、次の予定の18日まで様子を見るしかない。

そう、いろんな人に聞かれて、ちょっとしかめっ面しつつ、「うん、それがさあ、今悩んでてさ。」と話始めると、大抵の人が軽い驚きを示す。「そんなの気にしてたんですか?」みたいな。僕は、わりと気にしている、子どもたちの感染以来。

で、離島であることの特殊性に関しては、行こうと考えた人でなくてはわかるまい。

感染して、闘病して、看病して、感染を恐れて、防御して、蔓延しても「自分たちはほぼ大丈夫だ」から、「行きたいところに行く」「会いたい人に会う」「やりたいことをやる」。行動制限はもううんざりだ!どうせ、ちょっとヤバい風邪だろ。

僕らはたぶん、オミクロンでは死なない。だか、確実に毎日誰かが亡くなっていく。施設のお年寄り、基礎疾患を持つ人。ノーガードで突っ込むと、そういう人々から死んでゆく。結局、コロナで死ぬ人はみんな死んで、残された人々にとってはただの風邪、になるのだろうか?

どう対処すれば良いのだろう?イベントをやめ、学校も閉じれば良いのか?

老人の施設に出入りする無症状感染者をゼロにする。関係者の頻回検査をやるしかないのではないか?それは当然既に行われているのではないか?

などと、考えてしまう。

そう、結局、なんだかんだ言っても、「ハーバーマーケットに出られない」こと、「息子と娘に行く気がない。」ことが、大きい。

そこに商売があれば、kaffaは行く!でも、老夫婦と犬たちだけじゃあねえ~、というのもある。

でもやはり、商売抜きでも、夫婦だけでも、佐渡島が好きです。必要なんだと思います。

kaffaブレンドが変わりました。お値段も上がりました。

GW明け、59日より、コーヒー豆の価格を上げさせていただきます。

久しぶりのコーヒーに関する投稿が、値上げのお知らせなんて嫌な感じですが、仕方ありません。

kaffa2年近く温存していたエチオピアハラーオーガニックの最後の5キロが底をつきました。

新たにロイヤルコーヒーさんから購入した「エチオピア クイーンシティハラー」を今後一年以上?使っていく予定です。

去年の10月頃の決済でしたので、今のような円安ではなかったものの、米国における若干のコーヒー豆インフレもあり、前回の購入時よりも円安の上、コンテナ輸送にかかる経費もかなり上昇しておりました。

今後円安が進み、経済的衰退過程での日本国内でのコーヒー豆の需給と価格がどうなって行くのか?コーヒー屋としては心配ですが、可能な範囲で対応していくしかありません。

特に「エチオピアハラー」と「イエメン」、所謂「モカ」の深煎りが欠かせないkaffaとしては、ちょっと頑張らねばなりません。

国内で「エチオピアハラー」が手に入りにくい。入ったとしても質的に劣る状況が常態化しているように見えます。おそらく、コーヒー焙煎業界でのハラーへの需要は、日本のコーヒー豆輸入業者にとっては無視できる程度のものなのだろう、と思います。

というわけで、数年前から、アメリカからわざわざエチオピアの豆を輸入しておりました。

前回までは、国内までのコンテナ輸送費や通関その他の経費を加えても、日本で手に入れるよりも高品質なハラーを若干安く買う事ができて大喜びだったのですが、今回は、価格的には大差ない感じかも知れません。ただ、ハラー自体は、国内で手に入るものよりかなり上質だと思います。

新ハラーカファブレンドを飲み始めて、ほぼ1週間。初日は、「変わり過ぎたかな?」と思いましたが、日が経つにつれ、慣れました。僕が慣れたのか、焙煎後の熟成によるものなのかは判別できません。

今は、少し安心しています。ちゃんとハラーです。あとは、エイジングでどこまで変わるか?この豆が600kgあります。たぶんこれから一年以上の付き合いになります。

これまでが、「オーガニック!」という希少かつ美味しいハラーだったのですが、エチオピアは内戦状態だったりで、ハラーの輸出自体が、世界的にかなり滞っている様子です。ロイヤルコーヒーさんのサイトでも、例年のオーガニックは未だに無いですし。

「クイーンシティハラー」もオーガニックでは無いものの、伝説の「ハラーホース」と所縁ある銘柄。ECXという大規模市場ではなく、以前のような、輸出業者に選ばれた農家の豆中心の銘柄なのだと思います。この豆とkaffaとの付き合いに、今後ともよろしくお付き合いお願いいたします!

ティモール ロロサエ ナチュラル

先日からお知らせしております通り、kaffa史上初、現時点では世界でもレアだと思われる東ティモールのオーガニック&フェアトレード&ナチュラル精製の豆が30kgあります。

昨日、初焙煎。3kgをフレンチロースト、3kgをシティロースト、混ぜて出来上がったkaffaとしては久しぶりな新商品、「ティモール ロロサエ ナチュラル」を紹介すべく、書くつもりですが、実は昨日から今の時間の流れと、その間にこのコーヒーを40gで350cc位の濃度で8回?位淹れて飲んで感じた事、その変化、そして今現時点で僕がこのコーヒーについて言えること、ちょっと自分でもコーヒー屋として気付きが、大きな振れ幅でいくつかあったような気がしています。それを言語化する試みそのものです。お読み苦しい点はご容赦くださいませ。

まず、言えるのは、この豆はとても良い、もしかしたらすごい豆かも知れません。僕はほぼうちのコーヒーしか飲んでいないので比較の対象が無さすぎてわからないのだけど。とても濃厚な今風のナチュラルの果実っぽい香りがあります。

実は今まで僕は、「これが今風のナチュラルの特徴だ。」という事を知らなかったことに気がつきました。「フレッシュな果実っぽさ」。

数年前からエチオピアとイエメンをロイヤルコーヒーさんから買っています。その時、焙煎屋として初めて嗅いだフローラルな生豆の香り。仄かに甘い果実の香り。

kaffaはずっと、30年間、自分たちは「ナチュラル精製」が好きなんだ、と思って来ました。美味しいと思ったコーヒーはエチオピアとイエメンだから、普通にナチュラルだった。

その頃のナチュラルに今のような香りは無かった。ナチュラルっぽい複雑な味があるだけで。ナチュラル特有の、発酵から一部腐敗も入り混じった匂いがあるだけで。フローラルな香りは無かった。

コーヒーのマーケットは、随分と短期間に変わったと思う。

「いかにフレッシュで、香り高いコーヒーがカップに実現しているか?実現できるか?」という方向性でほとんどが動いているのではないだろうか?それがコーヒーの需要の拡がりを生んだ。サードウェーブ。

いかに市場で評価されるか?香り高い、個性的な豆だ。世界中の野心的な産地では、「香り高い個性的なコーヒー」を目指しただろうし、今でも、そのための努力がされているのだと想像しています。

そのための方法のひとつとしてナチュラル精製が使われるのはたぶんここ15年位の事ではなかろうか?それまでは、まあ、伝統的にナチュラルだとか、使える水が無いから仕方ないナチュラルだとかが普通だったんじゃないだろうか?地面で乾燥からムシロの上へ、そして今は、地面から離れたベッドの上へ。虫がついたり、半分腐ったり、カビが生えたり、そういう中でのナチュラルから、意図された、計算された、計画された美しいナチュラルへ変わってきたのだと思う。

そのためのノウハウが蓄積されているのだと思う。

昔と違って今は、生豆は麻袋の中で分厚い専用のポリ袋(グレインプロとか、エコタクトとか呼ばれる)に密封されて、輸送、保管されてる。それが普及したのもここ数年の事だ。

とにかく、ここ数年で生豆が届いた時の匂いが激変した。とにかくフレッシュなのだ。とても素晴らしいことなんだと思う。

東ティモール、フレンチローストを飲む。フレンチローストまで焼いても、苦味と甘味と濃厚な果実を感じる。ドリップした部屋は、「ナチュラルな」香りが暫くかなり強く漂っている。

焙煎した直後に飲んだ時は、びっくりしました。すごいなあ、と思い嬉しくなりました。

それからずっと飲んでいるんですが、「これが好きか?」と自問する。

これがナチュラルの特徴らしい。個人的には、最近のナチュラルは、あまりにフレッシュな果実感を狙い過ぎていると思う。もっと運任せで適当で昔ながらのナチュラルはどこかにあるのかしら。

ただ、最近のナチュラルの方が、一粒のコーヒー豆が持っているであろうポテンシャルは高いと思います。成分が濃厚な感じがします。

ロイヤルコーヒーさんから高品質のエチオピアハラーを買うようになってからのkaffaの悩み。いかにそのポテンシャルを活かすか?その試行錯誤のひとつとして、エイジング?があります。

フレッシュなニュークロップを適切な温度と湿度で寝かせる。ポリ袋の密封を解き、空気に晒す。数ヶ月で明らかにフレッシュ過ぎるものが落ち着くように感じます。

kaffaとしては、そちらの方が好きなのです。折角のフレッシュな果実感ですが、それが際立って欲しくはないのです。

で、深煎りにします。フレッシュさが、何ものかに変化する。それがおいしさとして感じられれば、ラッキー。

そんな感じでやっています。

このティモールロロサエナチュラルは、僕個人的には、フレンチローストの単品の方が良いかも、と今は感じています。

でも初回は、従来のティモールロロサエブレンドと同じです。これで 2週間以上にわたって、味の変化を追ってみたいと思います。その上で、次の焙煎はどうするか?

まあ、とにかく、東ティモールのナチュラル、素晴らしいと思います。サードウェーブ系のロースターさんにこそ、是非試していただきたいと思う豆です。

たぶん、マーケットには高く評価される豆になるのではないか?と思います。

東ティモールの産地で、ナチュラルブームが訪れたりして。

東ティモールのナチュラル豆

今週は、「ティモールロロサエブレンド」は、「ナチュラル」と「ウオッシュド」の二本立てです。

東ティモール初のナチュラルが30kgあります。いつものkaffa通りにテストロースト無しのぶっつけ本番焙煎をします。無謀かも知れません。たぶん大丈夫という根拠レスな自信を持っている事は幸運な事です。

さて、どんなロロサエブレンドになるのか?テストローストではないのであまり冒険はしません。同じ豆をフレンチローストとシティロースト位で別々に焙煎して半々に混ぜるだけの単品ブレンド(そんなものがあるのか?)なのは、従来のウオッシュドによるロロサエブレンドと同じです。

でも、せっかくの初ナチュラルなので、やはり違いは感じたい。たぶん4回焙煎したら終わる量なので、微調整しながら、時々やります。

ずっと、東ティモールのナチュラルはやらないのかなあ?と思って来ました。ルスラオの竹とバナナの皮でできた民家の外に、ムシロに拡げられたコーヒーチェリーが乾涸びていたのを見たような気がするので、たぶん現地の人々はナチュラルを飲んでいたはず。中華鍋の焚火焙煎。それをゴリゴリ砕いて、焚火で煮出すコーヒー。

kaffaは焚火焙煎ではなく、専用の珈琲豆焙煎機を使うので、かつ、今回のナチュラル、見た目では、とてつもなく綺麗に仕上げられている印象なので、現地の焚火焙煎より、もう少しデリケートなおいしさがあるはずだと思います。だといいな、と思います。

もしかしたら、浅煎りでフローラルな香りを意図した精製になっているのかも知れません。ん、東ティモールナチュラルの浅煎りって誰かやれば良いのに。kaffaは、やはり深煎り方向で行きます。

焙煎して、飲んでみて、美味しかったら、動楽市に持って行きます。美味しくなかったら、どうしよう〜。

2020年11月29日

長らくブログを更新していませんでした。コーヒー屋として、皆さまにお伝えしたいことが、この長い時間に、山積みになっています。

あまりに沢山あり過ぎて、と言うか、あり過ぎるのかすらわからない程の、今のぼんやりとした思考を整えるべく、書いてみます。

思いついた順に箇条書きに並べて、その個々については、今後順を追って書いてゆくつもりです。

うーん、まずは、

「最近、ここ数ヶ月のkaffaコーヒーの生豆の変化と味の変化について」

エチオピアモカハラーがオーガニック認証付きに変わり、グァテマラオーガニックも農園が変わり、ブルボン種100%のものになっています。東ティモールも新豆となり、去年とは随分変わった印象です。

今の世界のコーヒーマーケットでの主流が、より高品質、差別化を目指して進化しているとは思うのですが、それが、必ずしも、kaffaにとっては、「おいしくなった」わけではないなあ、など。

毎度、毎度、新しい豆がやってくる度に、kaffaは、混乱します。混乱の中で、あれこれ考えたことなど。

「kaffa吉祥寺と愛農食堂について」

6月から水曜木曜を基本として、所謂「おうちカフェ?」kaffa吉祥寺の営業を細々とやっています。お客さんはとっても少ないです!で、念願?の愛農食材を使ったご飯を作りはじめました。まさか、自分でやることになるとは!胃が痛いです。しかし、毎度、新たなことに挑戦で、色んな発見があり、面白くもあります。大きな発見と言えば、出汁をとることを初めてやっています。出汁の凄さに参っています。まあ、ちよーてきとうなんですが。

あと、愛農で季節の野菜をあれやこれや毎週毎週食べ続ける経験は初めてで、新鮮です。菊の花の「モッテノホカ」とか、とにかく、夏野菜からこの方、我が家族がこんなに野菜を食った年は無いんではなかろうか?

「kaffadogたちとネラちゃんたちについて」

ニワトリのネラちゃんたちがkaffa吉祥寺の庭に来て約1ヶ月。軽い気持ちから深みにはまり、ひいては、犬たちの生活、動物の自由について考えはじめちゃって、結論は出ない。

「kaffa busについて」

9年間、kaffaの喫茶店部門で活躍して、思いの外皆さまに愛されていたkaffbusの思い出?と、新天地スリランカに輸出されることになった顛末。自動車について。

「佐渡島の人々と鼓童について」

今年は佐渡島に行けなかった。佐渡島は本当にイチオシ。てか、他は知らないけど。僕がもう少し若く、元気で、半農半Xで慎ましく、楽しく、健やかに生活したいとしたら、佐渡島に住むと思う。

アースセレブレーションがオンラインになって、とっても残念で、どうせつまんないんだろうと思ってたオンラインアースセレブレーションがとんでもなく素晴らしくて、ニワカ鼓童ファンになってしまったこと。

「コロナの現状認識と今後のkaffa」

久しぶりのイベント出店か?と思っていた来週末開催予定だった群馬富岡のイベントが、急遽中止になりました。kaffaは、一応コーヒー屋専業で生活してます。去年までは、売上の半分はイベント出店での売上でした。この約一年、「臨時給付金」と「持続化給付金」のおかげで、何とかなっているような?いないような?しかし、「家賃」が無い分、助かっているのかなあ。個人でお店していて、家賃を払わなきゃいけない人は、本当に大変だと思う。

コロナについては、なんかもう、色んな人が色んな認識で何が正しいのかよくわからないけど、僕としては、このように考え、このように対応している、といったことを。

「年老いることと死ぬこと。」

今年は年老いた気がします。焙煎人にも「爺さん」扱いされます。息切れもします。膝も痛いです。クッソ怠いです。胃が痛いです。腰も背中も痛いです。

で、ここ最近、永年何となく夢想してたようなことが全然別の形で実現してることに気づいたり、で、もう、いつ死んでもいいや。てか、これから生きていく方が大変なんじゃないか?とか。でも、生きてりゃまた意外な面白いことも起こるのだろうし。まあ、結局、死ぬまで生きる。最近、知り合いの独居老人が亡くなり、先日は親戚の老人が亡くなった。全然違う死に方だったんだけど、いろいろ考えた。自分の死について。

「kaffaの営業サイクルについて」 

赤城山と吉祥寺の往復生活とそれぞれでの営業など。

「こんべ製粉所と小麦粉について」

kaffa吉祥寺で使う小麦粉はほぼ全て「こんべ製粉所」で製粉された無農薬、化学肥料不使用の小麦をひいたものです。

「福田農園」「すみや農園」「すぎな農園」「あっちゃーふぁーむ」。みんな群馬の友人たち。農園って言ったって、みんな小さな家族でやってる農家さんたち。

こんべくんが、簡単な手打ちうどんを直接教えてくれたから今の僕のうどん人生があります。

出汁をとり、味を整え、うどんを食べる。愛農食堂ランチでは、結構な頻度でうどんが登場します。わりと美味しいと自分でも思います。今のところですが。ビギナーズラックかも知れません。

以上、ざっと並べてみました。

うーん、全てが必ずしもコーヒー屋として、という話ではないですが、それぞれのテーマについてできるだけ早くきちんとわかりやすくお伝えしたいと思います。

今後とも、kaffaをよろしくお願いいたします。

10月の予定です。

水曜日と木曜日kaffa吉祥寺オープンいたします。

日曜日には赤城山でコーヒー豆やご予約の愛農普及会の品をお渡しできますのでお問い合わせください。

東チモール、ガテマラ、エチオピアモカハラーが2019年産のコーヒー豆になっています。どの豆も状態がとても良くパンチがあります。これをkaffaとドンキー(焙煎機)の年の功で飛ばし飲みやすくしています。ダークチョコレートぽくなると良いです。

今年の芋煮会は、11月7日土曜日を予定しています。