米沢牛

昨日は、ほんとうに久しぶりに、米沢牛を食べた。

おっぺさんちに、おっぺさんの次男の達樹ファミリーと末娘の佐和子ファミリー(旦那さんは、千葉で仕事)が、おっぺさんの誕生日を祝いに来ていて、たぶん日本一おいしいイタリアンレストラン「base」の達樹&さくらシェフのパスタの夕食にkaffa家もお呼ばれされたわけ。

おっぺさんは、焙煎人の叔母。愛農普及会の創設者である「おばさん」の妹。創設当時からおばさんを手伝い、愛農普及会のスタッフだった。40年前から、10数年間。

僕が愛農普及会スタッフになった頃、たしか、おっぺさんのお腹に達樹がいた。でっかいお腹で狭いトラックの運転席に乗り込む姿が目に浮かぶ。

達樹も、佐和子も産まれる前から、愛農普及会のたべものからできていた。

産まれてから、すぐに、おっぺさんにおんぶされて、毎週、月曜日と水曜日、愛農普及会に出勤してたし、保育園にぶち込まれる前まで、愛農普及会で遊んでた。野菜が届く月曜水曜は、おっぺさんが昼飯を作って来て、狭い倉庫でコンテナを食卓にして、みんなで食べるのが日課だった。達樹も佐和子も、離乳食から、愛農のたべものだったな。

あの頃は、愛農普及会は、小平の狭い倉庫が作業所になっていて、目の前が車道、車道を渡ると小さな公園っていう立地だった。

おとなしくおんぶされてる間は、おっぺさんがおんぶしながら作業してたし、目が覚めると、おばさんが子守しながらプリントの原稿書いたり、原稿できたら、散歩しながらコピーに行ったり、時々、僕たち若いスタッフと公園で遊んだりしながら、育った。目の前の車道にヒヤヒヤしながら。

この2人は、ほんとうに愛農普及会の子どもだった。

達樹が3歳位の時、おっぺさんは、群馬で百姓になると言って、当時、愛農普及会と取引があった玉子農家の紹介で農地を買い、群馬に引っ越した。で、何年かかけて農業委員会に認可され、正式な農家になった。

おっぺ農場として、愛農普及会の生産者になったわけだ。

達樹は、中学2年まで群馬で育ち、野球にのめり込み、高校生時代は、東京の強豪校で甲子園を目指した。彼が幼い頃は、僕や義兄やS君が、愛農倉庫前の公園でキャッチボールで鍛え上げた?のだ。

甲子園は、予選決勝で敗れ、出場はできなかった。その後、どうするんかな?と思ってたら、高校卒業後、いきなりイタリアに行って、料理の修行を始めた。4、5年はいたのかな?料理修行しながら、イタリアのプロ野球リーグの外国人選手枠で、一応プロ野球選手やってたりして、驚いたな。

帰国して、イタリアで出会った、さくらさんと結婚して、さくらさんの地元の木祖村で小さなイタリアンレストランをやってる。それが、「base」、バーゼだ。日本一おいしいイタリアンレストランだと、思っている。

おばさんが生きていた頃、時々吉祥寺に来ては、おばさんと味の話してた。おばさんが亡くなって、一番悲しんだのは、たぶん、達樹だ。

「たべものの味について、ほんとうに分かり合えるのは、おばさんしか居なかった。」って言ってた。

愛農普及会は、おばさんの味覚によってできてた。僕もおばさんと長年付き合ったけど、結局、おばさんの味のストライクゾーンを理解はしてない。すごい狭いんである。それを理解してるのは、たぶん、達樹だけだろうと思う。焙煎人も、かなりおばさん的だとは思うんだけど、ゾーンの境界線がない感じ。薄らぼんやりした境界な感じかな。

そんな達樹が料理人として生きている。もう2歳の女の子の父親だ。愛農普及会の子どもが親になって、料理人である。

今や、愛農普及会にとっては、欠かすことのできないアドバイザーであり、食材を買ってくれるお客さんである。

昨日も、「秋場さんの玉ねぎは、いいよね。」って言ってた。僕も、焙煎人も、そう思って使ってたんだけど、何となくなんだよね。達樹にそう言われると、「あっ、やっぱり?そうだよね!」と嬉しくなる。自信を持って人に勧められる。愛農普及会の秋場さんの小玉玉ねぎは、最高ですよ、みなさん。

ああ、米沢牛の話なんだな。

昨日、達樹が、おっぺさんちの冷凍庫に眠ってた愛農の米沢牛のモモブロックと、肩ローススライスを、囲炉裏の炭火で焼いてくれた。

おばさんが米沢出身で、米沢の佐藤さんの米沢牛を40年前から、扱ってた。僕は、愛農普及会を知らなければ、米沢牛なんて知らなかったと思う。今でこそ、米沢牛は、ブランドとして確立されてるけど、30年前は、一般的ではなかったからね。

僕が愛農やってた頃は、愛農では、米沢牛を毎月第4週に注文とってた。切り出し1kgで1500円だったな。サーロイン300gで2000円とか。安かったなあ。

おばさんに連れられて、佐藤さんを訪ねた時、牛舎で、生まれて初めて、牛に舐められた。「ああ、これが牛タンなんだな。」と思った。生きている牛に舐められて、嬉しくなった直後、冷蔵庫を覗かせてもらったら、牛の頭がぶら下がってて、ちょっとショックだったなあ。

10年位前に、佐藤さんから、「今まで、かなみっつぁんだから、この値段で出してたけど、さすがにもう無理なんで値上げさせて。」って言われて、かなり高くなった。

それでも、一般的な米沢牛の価格と比べると、かなり安いみたい。だけど、kaffa家の家計的には、今や年に一度くらいの贅沢食材になってる。

それが、昨日、ラッキーにも食べられたわけ。達樹が囲炉裏の前に座り込み、炭火の上で、おっぺさんのネギと肉を焼いてくれ、醤油つけて食べるだけなんだけど、やはり、おいしい!

息子と娘も、それはもう、うまそうに食ってた。思わず動画撮ったんだけど、あまりにお下品なので、静止画にしました。

さっき、これ書いてる時、達樹が木祖村への帰り際、うちに寄ってくれて、コーヒー豆買ってくれたんだけど、ちょっと話をした。やはり、おばさんの話になったな。水の話もした。最近、バーゼの近所の清水牧場さんの湧き水に出会ったと。今は、秋場さんの小さい玉ねぎを弱火で、色をつけないように炒めて、白いスープにするのにハマっているそうなんだが、これをその水で作ってみると、また格段に違うんだと。うちのコーヒーもその水で淹れるとおいしいんだと。達樹だって、料理に水は重要だと知らなかったわけじゃない。だけど、ただ何と無く知ることと、五臓六腑身体ごと、存在ごと識るのとは違うだろう。たぶん、達樹の中には、水に対する新しい何かが生まれたんだろう。

水はコーヒーにとって重要。それはわかっているつもりだけど、僕にはまだまだ、深〜い認識にはなってないな。コーヒー屋としての課題のひとつだな。

達樹も日々、アップデートしてる。よりナチュラルに。よりシンプルに。

おばさん、きっと、にこにこしているだろう、天国があるとしたら。

base

愛農普及会

 

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