kaffa blog

kaffa店主と焙煎人夫婦が、コーヒーにまつわる何かを書いていきます。ツモリでしたが、焙煎人はTwitterの方が好きみたいです。出店情報とか、こいぬ情報とか焙煎中情報とかは、焙煎人のTwitterとinstagramで。

カッピング後の懇親会

カッピング後の懇親会ですが、会費制3000円(ワンドリンク付き)とします。カッピングだけの参加は無料ですが、懇親会へもご参加を全力でおすすめします。

サンデールームとバーゼを知る人であれば言うまでもないことですが。

kaffaが、絶大な信頼を寄せている料理人です。サンデールームの三姉妹とバーゼのシェフが、とびきりの食材を使って、何かを作ってくれます。

サンデールーム、バーゼともに、このイベントへの参加は「商売ではなく、楽しそうだから」やってくれることをご理解ください。サンデーさんの食材とか会場とかの経費、バーゼに交通費くらいは包みたいので。

まあ、終了後には、3000円の使い道としては、ここ数年ではベストくらいの感じで大満足は間違いないです。

カリフォルニアから来たリチャードさんも少しびっくりさせられるんじゃないかな?

彼は、今たぶん上海なのか。わからない。会場変更の打診をしたけど音信不通。了承ないまま進めてますが、まあ、大丈夫なはず。会ったこともなく、声も聞いてないですが、妙な安心感。リチャードさんのFBやインスタを見て、僕の中にリチャードさんの先入観が生まれています。カリフォルニアで、コーヒーの専門家として暮らす彼が、群馬のロースターやコーヒー愛好家たちと出会い、何を思うのでしょうか?サンデールームとバーゼのご飯に、何かを感じてもらえるだろうか?月末に来日して東京、大阪、群馬と連日のカッピング道中。たぶん、道中で一番うまいものを食べられると思う。

あと、懇親会には参加したいけど、そんなに飲み食いはしたくないって人がいらっしゃいましたら、ワンドリンクとか、ワンオーダーとか、数百円でも居られる方法も考えます。

もう一つ、コーヒー焙煎される方で、懇親会で自分のコーヒーを提供してもいいよっていう方は、お気に入りの豆と抽出道具ご持参の上、よろしくお願いします。

他のコーヒー屋に自分のコーヒー飲ませるの、ちょっと嫌かもだけど。kaffaは、ちょっと嫌。でもまあ、コーヒー愛好家同士、励まし合おうよ。個人で焼いてるコーヒーは、まずいわけがないから。ちがうだけで。

4月3日のカッピング、会場変更です。

ひょんなことからリチャードさん(ロイヤルコーヒー)のカッピングを群馬でやることになったわけですが、この辺で確認しておきたいと思います。

なぜ、kaffaは、やるのか?

カッピングは、リチャードさんがやりたがっていたのだ。

kaffaは、カッピングというものにあまり興味はない。意味はわかるし、そのスキルがあれば便利なのだと思う。

サードウェーブ系の人たちには必須なスキルだと思います。

kaffaのコーヒーには、必要ではないのです。そのスキルを身につけるためのお勉強が嫌なのが大きな理由ですが。

でも、今回のリチャードさんとのご縁で、エチオピアハラーとか、イエメンとか、リチャードさんが、あの豊富なロイヤルさんの豆の中から選んだ豆それぞれがもつ全ポテンシャルを味わうことができる。カッピングやる人には、本当にすごい機会なんだなあと、改めて思います。

kaffaとしては、10年前に「ロイヤルさん」を知った時から、ロイヤルさんに対して、イメージがあります。そのイメージは、僕にとっては良いイメージなので、今まで検証してないのですが、今回、良い機会なので、リチャードさんに、「ロイヤルコーヒーってどんな会社なのか?」問い詰めてみたいと思います。

願わくば、そのイメージを壊さない実像であることを願いつつ、このカッピングが楽しい集いになり、ロイヤルコーヒーファンがクチコミで増えて、ロイヤルさんのコーヒー豆が、日本の定温倉庫から、リーズナブルな価格で出荷されるようになれば最高です。

僕が10年前からロイヤルさんに持っているイメージ。

「創設した2人は、元ヒッピーのような人である。」

「コーヒー界のAppleと呼ばれている。(いい意味で)」

「コーヒー界のパタゴニアと呼ばれている。」

実像やいかに?

さらに、会場は、赤城山のkaffaではなく、前橋市内中心部の「サンデールーム」に変更です。

想定以上の参加希望者で、kaffaでは手狭となりました。

カッピングは、「焙煎する人」か、「焙煎するつもりの人」に限らせて頂くことになると思います。

思いのほか、野次馬が多くて嬉しいです。僕も野次馬の1人です。

野次馬の方々に朗報です。

カッピング後に、リチャードさんを囲んで、コーヒー談義食事会をやります。積極的にリチャードさんを質問責めにしたり、聴くだけだったりしながら、あのサンデールームの料理と、さらになんと、木曽のバーゼのシェフも、何か作りに来てくれます。

何やら香りの言語を喋る人たちのサークルを遠巻きに眺め、部屋に漂うコーヒーと料理の匂いを楽しむ。その後は、コーヒー談義に耳を傾けながらおいしいものを食べる。幸せに違いないはずです。

 

 

群馬周辺でコーヒー豆を焙煎している方々へ

群馬県周辺で、珈琲豆の焙煎をしている方々へ。

生豆、誰から買ってる?
ひょんなことから、こちら米国のロイヤルコーヒーのRichard さんが、いくつかのサンプルを持って、群馬でカッピングをしてくれる話になっています。

4月3日夕方、会場は赤城山?(未定ですが。)

Royal Coffee Inc. オークランド(カリフォルニア)発祥の家族経営の珈琲生豆専門の会社。「コーヒーにまつわる全てが好きだからやってる感」がすごい。そして、その生豆ラインナップ、それぞれの豆の深い情報とストーリーの発信。こんな業者に俺はなりたかった!

10年位前かな、エチオピアの生豆の残留農薬の件で、日本でエチオピア産の生豆が手に入らない状況が数年続いた。kaffaの主力はエチオピアハラー。困って、探して、このRoyalさんを知った。無茶苦茶な英語でメールして、シアトルからハラーを輸入する企てに、とても親切かつ合理的に対応してくれた。

この時は、結局、輸入(と言っても60kg×10)を諦めた。

この時は、エチオピア産の生豆は、全量のサンプル検査が義務づけられ、当然検査料も自腹で、残留農薬が検出されたら、廃棄処分で、補償なしという検疫のリスクを負えないのと、生豆をコンテナで混載して輸送してくれる業者を見つけられなかったから。

食品の輸入って想像を超えて大変なんだなぁと思った。

そして、去年の暮、いつもの業者にハラーを発注したら「ありません。」「いつ入荷するかは、商社に聞かなきゃわかりません。」「じゃあ、問い合わせてください。」とお願いしたんだけど、それっきりナシのつぶて。

大抵そんな感じ。どんな風にコーヒー豆がここにやってくるのか?産地ではどんな選択肢があり、それがどのような理由でどうやって選ばれて日本にやってくるのか?誰も教えてはくれない。問い合わせても、返事はない。kaffaは零細業者だから?わしは、そんな事が知りたいんじゃ。

で、Royal さんのサイトを久しぶりに見た。驚いた事に日本語のサイトがある!おお、Royal さんが日本に進出しとる!早速メールした。今度は日本語で。日本に事務所と倉庫があり日本人スタッフが居て…。と想像しながら。

アメリカから、Richard さんという人から、変な日本語だけどとても親切な返事が来た。

Royal さんには、エチオピアのハラーだけで、数種類の選択肢があるし、ハラーなどのエチオピアのコーヒー関係者と数十年来の長い友人だったり、ハラーナチュラル豆の高品質化と現地の生産者の生活向上のためのプロジェクトも支えていたりする。毎年エチオピアを始め、世界中を旅しているし、その様子も焙煎者と積極的に共有したいと願っているのがはっきりわかる。

ちょうど残留農薬事件の頃、エチオピアでのコーヒー豆取引の形態が劇的に変わった。ECXというやつだ。Royal さんのブログでは、当時からその問題点がきちんと、焙煎者に伝わるように情報が発信されていた。当時、僕は日本のコーヒー商社などのサイトもたくさん見たけれども、初期は全く情報が無かった。
日本のコーヒー界でも、エチオピアの豆は大きな影響をもつと思うのだが、そんな問題が、消費者にはもちろん、焙煎者にも全く伝わらない。伝えようとする意思すらないように思えた。

それは、kaffaが、たまたまエチオピアハラーを使い続けたい数少ない焙煎者だったから感じたことかも知れない。
実際、いろんな検索をしても、当時、「エチオピアが無い、困った!」という発信は、ほとんど無かったし、ハラーに限れば、皆無に等しかった。日本のコーヒー界は何事も無かったかのようだった。

当時の僕にとって、Royal Coffee が、少なくともアメリカにはある、という事が救いのようなものだった。

で、今年、いつもの業者にはハラーが無いと言われ、ロイヤルさんから買えるのもまだ先の話だし、ネット上で探した。ある卸業者に在庫があり、初めての業者だったけど、2袋(120kg)買った。選択肢は無い。届いた豆…。いつもと同じ麻袋。日本でハラーはこれしかない。…が、何だこれ?欠点豆の嵐。5kgの良好な生豆を得るために、焙煎人と2人がかりで4時間のハンドピック!
ようやく、一袋がなくなりつつある。あと60kg。

大商社が輸入し、仲介業者が僕に売る。どういう経緯でこうなるのかの説明はない。ハラーが欲しけりゃこれしかない!

4月には、Royal さんの、エチオピア直結、QUEEN CITY HARRAR が買える!楽しみで仕方ない。

去年の暮から、何度もRichard さんとメールでやり取りしたんだけど、10年前とは違って、何と、ロイヤルのコーヒーを赤城山まで配達するまでの見積もりができるようになってた。輸送業者とか検疫証明とかコミコミで。

10年前は、シアトルだか、オークランドだかの倉庫渡しで、倉庫から赤城山までの手配は自分でやれと言われたんだよ。便利になったねえ。

ハラーとグァテマラ混載で10袋。
できれば1袋づつ買いたいけど、運賃考えると…。
kaffaの約1年分を一括で、仕方なしと覚悟してね。でも置き場所がね。定温倉庫も無いし。10年前と比べるとかなりの円安だからトータルの価格を比較すると、今までの豆を買うより、かなり高くなるし。躊躇してた。

躊躇ついでに、Richard さんに言ってみた。「Royal さんが日本で倉庫を借りて、100袋くらいまとめて輸送して、日本で色んな豆を、個人や小さいお店に販売すればいいのに。絶対売れると思うよ。」

返信。「私は、今、日本の倉庫を探しています…。」

とても嬉しかった。実現するかな?するだろうと思う。

僕は、こんな人たちから、生豆を買いたい。

こんなやり取りをしてるうちに、何だか群馬でカッピングしてくれる話になっちゃった。恥ずかしいけど白状すると、僕はカッピングなんかしたことない。慌てて、カッピングをググッたよ。

焙煎する人!参加してね!まだ会った事もないし、買ったこともないんだけど、面白い出会いになると思います。

ちなみに、エチオピアのECXシステムは、最近改革されて、ロイヤルさんが訴えてた問題点は解消され、この4月からのハラーは、また以前のような素晴らしいものに復活するらしいです。

詳しくはこちら。英語だから四苦八苦して読んでね。

アイスコーヒーを宣伝してみる。

友だちから「アイスコーヒーの宣伝しないの?」とのメッセージをもらう。

「アイスコーヒーの宣伝」とは?
きっと大抵のコーヒー豆屋では豆の売れ行きが下がる時期が始まっていると思う。

コーヒーは、やはり秋から冬が似合うような気がする。僕ですら、最近は、飲む頻度が落ちている。

昨日今日なんかは、山の中は梅雨寒で、コーヒーがうまい。

暑くてもコーヒーはうまいんだが、夏だろうが冬だろうが同じようにドリップし手間をかけてコーヒーを飲む人たちもいるんだが、やはり、コーヒーを淹れる作業は、多くの人にとっては、面倒なことだろう。僕だって面倒臭い。

ほとんどの人は、朝、出勤するのだ。そして、慢性的に睡眠不足だ。朝は辛い。時間に追われる。そして、夜遅く帰ってくる。ゆっくりコーヒーを淹れる余裕はあまりない。

それでも、朝に夜にコーヒーを淹れる人たちもいる。コーヒーを淹れる時間が必要な人たちだ。どんなに疲れていようが、コーヒーが必要な人たちだ。

お湯を沸かす。サーバーとドリッパーとフィルターをきっちりセットする。豆をスプーンで取り、チェックしてミルで挽く。いい匂いだ。お湯が沸く。ドリップポットにお湯を移す。フィルターにお湯を通す。お湯を切る。粉を入れて平す。お湯を注ぐ。蒸らす。膨らみを眺める。またいい匂いだ。膨らんだ丘の頂上から、ゆっくりお湯を注ぐ。湧き出す泉のように中心から膨らみがゆっくりと拡がる。なだらかに膨らんだ黒い丸い丘の中心から、コーヒー色の溶岩が盛り上がってゆっくりと拡がる。丘の地下のマグマの供給をコントロールするドリップ。溶岩の盛り上がりを丸く無理なく丘全体に拡げてゆく。

人それぞれ、気持ちの良い淹れ方があるだろう。ネルドリップの人も、フレンチプレスの人も。気持ち良く淹れるためのちょっとしたお気に入りの道具もあるだろう。

さて?アイスコーヒーの宣伝の話だ。

そう、要するにアイスコーヒーのシーズンである。が、アイスコーヒーは、ホットコーヒー淹れるより、ちょっとだけ手間がかかる。氷を入れて掻き混ぜて冷やす手間が。大した手間じゃない。淹れる楽しさは、大きい。透明なグラスを適度な大きさ氷で満たし、そこに直接ドリップする美しさ。

でもまあ、大抵の人は、やらない。冷蔵庫からリキッドコーヒーをグラスに注ぐ。

冬、4、5杯のコーヒーを飲む人も、夏場、4、5杯のアイスコーヒーを飲むことは少ない。お腹をこわしてしまいそう。やはり冷たい飲み物は暖かい飲み物より負担が大きい。

まあそんなわけで(?)、コーヒー豆は、夏は冬ほどは売れない。

さあ、みんなアイスコーヒーも自分で淹れよう!と宣伝をしてみる。

僕にとってアイスコーヒーは、おやつで、ホットコーヒーは必要物だ。

真夏でも、朝起きてまずアイスコーヒーを淹れたことはない。まずはホットコーヒーだ。ブラック。

アイスコーヒーは、おやつ。ミルクとガムシロを使う。スジャータみたいなポーション(っていうの?)はだめ。牛乳。ガムシロもちゃんと砂糖でできてるやつ。人口甘味料は嫌い。アイスコーヒーをブラックで飲むことは、まずない。

バニラアイスクリームがあれば尚良し。

豆は、東ティモールか、blend2かな。焙煎のブレにもよるけど、kaffa blendは、ミルクに合わないことがある。

そう言えば、春から最近にかけて、kaffa blendは、エチオピアのハラーが若干浅煎り傾向にあったように思う。焙煎人には、その傾向がある。

焙煎人の気持ちはよくわかる。深く焼くというのは、「もったいない」ことだ。豆が爆ぜる。煙がモクモクでる。どんどん焼けていく。コーヒー豆の成分は、煙となって空に消える。とても「もったいない」。

ここ2カ月くらい、kaffa blendには、エチオピアハラーの発酵?から生じる何かがあり過ぎたように感じていた。若干の青臭さ。それも悪くなかったけど、そろそろ飽きてきた。で、前々回の焙煎前に、「ハラーを若干深めに」と焙煎人にリクエストした。そして、前回は、「もうちょい深く」と再リクエストした。

これでしばらく行きたいと僕は今のところ思っている。まだ焙煎して3日目。時間とともに、いい感じになっているように思う。これが1週間経つとどうなのか?

これなら、ミルクを入れてもおいしいアイスコーヒーになるはず。

本当なら、アイスコーヒー用ブレンドがあればいいのだろうけど、僕がアイスブラックコーヒーを飲まないから、よくわからない。

今のkaffa blendでも、blend2でも、東ティモールでも、グァテマラ単品でも、アイスコーヒーにすれば、それなりにおいしいと思う。

アイスコーヒーの宣伝になったかなあ?

さあ、アイスコーヒーを自宅で淹れて飲もう。リキッドコーヒーとは全然ちがうよ。

例えば、大きめの広くて低いグラスに、大きめの氷を2、3個いれて、その上にハーゲンダッツのバニラを山盛り。そこに、とっても濃く淹れたばかりの熱いコーヒーを少量垂らしてみる。

あるいは、わりと細かく千切ったコーヒーゼリーをそれにあらかじめ加えておくとか。その場合は、当然、もう少し大きめなグラスかねえ。

もちろん、ただのブラックアイスコーヒーでも。光を透かしてみたくなる。グラスと氷とコーヒー。

西荻ラバーズフェス


西荻ラバーズフェス初出店してきました。
群馬のコーヒー屋なのに。「愛農普及会」と合同で。愛農普及会は、昔から西荻周辺は縄張りだから、西荻ラバーズフェスに出る資格?がある。kaffaも、群馬のコーヒー屋だけど、「kaffa吉祥寺」があるし。住所は吉祥寺だけど、西荻に属してる感を半ば無理やり醸し出して出店応募。

何で西荻ラバーズフェスに出店したかったのだろう?

西荻ラバーズフェス、去年初開催で、焙煎人と僕は、特に焙煎人が、Twitterで気にしていた。「何やら西荻で面白そうなイベントがあるらしい。西荻地元のお店が出店するわりと手作りの音楽フェスが。出店したいよね。」と。

で、Twitterで注視してた。でも別のイベントに出店してたので、実際には見ていない。Twitterのタイムラインによると、成功したらしい。良かったらしい。

で、それから、焙煎人と「来年は出店申し込みしてみようね。」と狙っていた。

前にも書いたけど、フェス出店は、好きな部類の仕事です。音楽とコーヒー淹れるのは、相性がいいから。

黙々と次から次へと7時間で150杯のコーヒーを淹れる。2人で。そこに、音楽があるとないとでは、体験として大きな違いがある。

あと、お客さん。フェスのお客さんは、ハッピーだからね。どうしても。ご機嫌。

かつ、焙煎人は実は西荻ラバーズなのかも知れない。実際、いいお店がある。

「長本兄弟商会ビル?」「こけし屋」
「オーケストラ」「のらぼう」「いしはら(ラーメン)」「一年茶虎」、僕が個人的にオススメするお店。

まあ、西荻ラバーズフェス出店の目的は、商売繁盛のためだな。

無名のkaffa吉祥寺をもうちょっと何とかしたい。

さらには、「愛農普及会」も、もうちょっと何とかしたい。

まあ、要するに、kaffaと愛農普及会のセルフプロデュース企画、みたいな感じで、普段、出店なんかしない疲れきった愛農のおじさん二人と、愛農普及会長女 、純ちゃんを巻き込んでの目論見出店でした。

まあ、出て良かったです。我々の店は、うまくいったと思います。

純ちゃんは、私生活が超忙しい中、プランとパンフと準備に獅子奮迅だったし、疲れきったおじさんたちも、日々の愛農普及会業務を回しつつのことですから、そりゃあ、疲れただろうなあと思います。

kaffa も、へとへとになりました。

個人的に残念だったのは、ステージの音楽がほとんど聞こえなかったこと。コーヒー淹れながら、おかしいなあと思っていたけど、すぐに気がついた。周囲は高層マンション。住宅街。そう言えば、周辺の住民には、実行委員会のスタッフが戸別訪問してご挨拶するとか、言ってた。

でも、ミュージシャン目的の来場者には、ステージ前に充分なスペースがあったから、たぶんきちんと心地よい音が鳴っていたのだと思う。

運営は、地元の若い商店主や住民たちの実行委員会。全てにおいて、すごく親切で丁寧だった印象が残っている。

何万人単位のイベントってイベント会社に主要な部分は委託してやるもんだと思っていたけど、ボランティアを募集して、あのテント群も自分達で建てる。撤収する。周辺に気を配る。ビジネスではないイベントは、やはりすごい。西荻ラバーズなんだよ、皆さん。

kaffa としては、保健所の指導で牛乳を一切使えないという制約があったから、カプチーノ、カフェオレなし。当初は、ブラックオンリーでいこうと思っていたけど、結局、スリーブラウンさんのブラウンスイスのミルクを奥様が煮詰めた「ミルクジャム」を仕入れて、「ミルクジャムコーヒー」と「ミルクジャム紅茶」というメニューを急遽作った。コーヒーに練乳入れただけなんだけど、ただの練乳じゃないからね。なんだかよくわからないポーション使うより全然良かったと思う。

今回の企画で驚いたのは、純ちゃんの息子が素晴らしい看板を作ってくれたこと。何週間か前から「ああ、看板は斗太(息子の名前)に描かせるから。」と、事も無げに言っていた純ちゃん。

前日、我々が吉祥寺についた時点ではなかった看板。斗太は、それから日が暮れるまで庭で子犬たちの写真撮ってた。

 

夕飯時あたりから、何やら愛農の作業場から、野菜を持って来てスケッチを始めた。それから、iPadで何か見ていたから、飽きたのかと思ったら、鳥獣戯画を検索して、画像を描き写してた。それが夜中だ。我々が布団に入る頃、愛農普及会の二階に上がって、でかい白い布に描き始めると言ってた。「できるんかいな?」と思って寝た。

翌早朝、素晴らしいのができてた。後で聞くと、朝4時まで看板作ってたらしい。

朝7時に大量の荷物を、狭いブースに搬入して、お店ひろげて、斗太の看板を立てる。立ててみたら、上下のバランスが悪く、下の余白に、芝生の上でマジックで文字を挿れる斗太。

オープンして、kaffaはコーヒー淹れ続けて、愛農さんはジュース。もう少し、野菜や果物が売れてもいいんじゃないか?と思ったけど。バナナがあまり売れなかったのは意外だった。5時に終了。6時に愛農さんのトラックに荷物を積み、吉祥寺に戻って、荷物を下ろす。一応9時には片付いていた。それから、一息、ちょっとお酒飲んだりして、さて、寝るぞ〜という時、事件は起こったんだよ。

さよなら原発ぐんまアクション

昨日は、高崎市役所の麓の公園で行われた「さよなら原発ぐんまアクション」というイベント、というか、集会に、商売として出店しました。

原発事故後から、昨日で六回目。たぶん毎年出てる。

いろんな労働組合、共産党、社民党、たぶん、民進党、などの左派政党、さらには、中核派、そして、いろんな市民運動組織が関わっているみたいだ。

Kaffaは、出店だけして、会議なんかにも出たことないし、集会後のデモにも参加したことがない。申し訳ない。

個人的な知り合いも何人も関わっているし、「さよなら原発」には賛同するし、ありがたいことに出店依頼されるから、出店させてもらっている。出店料も、協力金として最低の一口千円を払うだけだし、昨日は、プラス千円のカンパを、若干渋々払ったくらいの申し訳なさ。たぶん、一銭にもならず、ボランティアで準備された方々も多いのだと思う。その方々からも、お金を頂いてコーヒーを淹れる。申し訳ありません!

僕は、反原発だ。原発は、できるだけ速やかに後始末すべきだと思う。今始めても、何十年、もしかしたら、百年以上かかるだろうし、廃棄物の管理は数万年、少なくとも数百年必要だろう。そして、その後始末という活動は、何も新しい価値を産み出さない。何兆円かかるか、わからない。もしかしたら、兆円という単位で終わるかすらわからない。

戦後数十年の繁栄のためにだ。あと数百年歴史が続いたとしたら、どのように後世に評価されるのだろう?数十年の豊かさのために、とんでもない負の遺産を残したことになる。

あるいは、科学技術の飛躍が起こり、核廃棄物処理が安価に安全に行える時が来るかも知れない。宇宙空間に安全に捨てる技術か、地球内部、マントルくらいまで深部に捨てられる技術か、原子核を安全に変換する技術か。

それができない限り、原発の経済的収支は、長期的にはマイナスであることは、確実ではないだろうか?

だが、世間常識的には、そうではないらしい。原発は安価なエネルギーらしい。その辺が、僕には全く理解できない。僕が馬鹿なのかも知れない。

廃棄物を千年くらい管理するのは、たいした経費はかからないのかも知れない。信じられないけど。

僕の想像では、原発がこの数十年で産み出したエネルギー(電気エネルギーとして有効に使われた分)は、今後数百年から数千年の間に後始末に費やすエネルギーより小さいように思えるんだけど、どうなんだろう?詳しい人がいたら教えて欲しい。

人がまともに考えれば、原発は止まるはず、と僕は考える。でも、政府も、経産省も電力会社も、経団連も、電力労組も、原発容認の普通の人も、まともに考えてないのだろう。僕が、まともではないのかも知れない。僕には、科学的根拠がない。僕が知り得た情報から考えて、そんな気がするだけだ。少なくとも、経産省や電事連が提供する情報からは、原発が後世までも考えてプラスのエネルギーであるという結論は出て来ない。それすら、実は僕には、わからない。わからないことだらけだ。

要するに、僕は今まで僕が知り得た情報から、原発はマイナスエネルギーであるという結論を持っていて、それを反証する情報を知らない、ということだ。

反証してくれる人がいるならお願いしたいくらいだ。

話が飛んだけれど、そう、僕は反原発。でも、昨日のような集会やデモに手弁当で馳せ参じたりはしない。出店依頼されたから、商売で行く。

なぜだろう?

昨日も、いろんな方々がいた。いろんな党派性や、放射能に対する見解の相違が垣間見えた。

心底怒っている人の声も聴いた。利用してるんだろうな、と感じる声も聴いた。
間違ってる、と思う話も聴いた。コーヒー淹れながら、目が潤んだ瞬間もあった。

でも、完全に共感できない。僕には、あの集会にも、デモにも、完全には共感できないのだ。コーヒーを飲んでくれるお客さん、やはりかなり年齢層は平均的に高い。たくさんの方々に飲んでいただいた。毎年、この集会でしかお会いしないお客さんもいる。いろんな組織に属する方々なんだろう。日教組の人、共産党の人、中核派の人、市民運動の人、小さなサークルの人…。kaffa busの店頭で、コーヒーを注文してくれるひとり、ひとり。会話したり、しなかったり。ひとり、ひとりと僕の間には、なんの違和感もない。原発はいらないよね、という共感。コーヒー飲んでくれてありがとう!という感謝。

だけど、それぞれの組織の言葉、組織の旗。そういうものに共感を感じられない。

国とか、会社とか、そういう組織に抗うためには、組織は必要なんだろう、と思う。それはわかる。相手は、巨大な組織であり、さらに彼らは「仕事」なんだ。「有給」なんだ。そういう相手に抗うためには組織は必要だろう。

集会に参加された方々もひとり、ひとり、組織の一員ではあるけれど、組織と同じじゃない。それぞれの組織の中で、葛藤も、笑いもあるだろう、当たり前だけど。

ほとんどの参加者は、組織の一員と言えども、自由な自分の意志で参加しているのだと思う。日曜日に。

仕事だから、と参加してたのは、公安関係者とkaffaくらいかもしれない。

こんな僕で、本当に申し訳ありませんでした。コーヒー飲んでいただいて、本当にありがとうございました!

僕は、今後も、何かの組織に加わることはないと思いますが、kaffaとして、個人として、反原発を表現して行くつもり。あまり効果はないにしても。

教職員組合の和太鼓同好会の皆様、デモの出発と帰着の時の太鼓、とっても気持ち良かったです。ありがとうございました。

喫茶店営業(自動車)許可の更新

kaffa busの、「前橋市内」と、「前橋市、高崎市を除く群馬県内」の2つの営業許可が、3月末で5年間の期間が過ぎ、更新が必要でした。

先週から、準備を始め、今日、ほぼ無事に更新手続きが、終わりました。

思えば5年前、がらんどうのVWデリバリーバンに、あれやこれや細工して、保健所の規準に合わせて、初めての営業許可を手に入れたんだな。大変だったような気がする。

それに比べれば、更新は楽勝。まあ、規準がわかってるし、5年間ほぼ規準通り?に営業してきたんだから、ね。そんなにイジる必要もなかった。

ただ、5年前に、ペンキを塗ってくれという保健所の検査に、白木でやりたかった僕は、何とか水廻りだけの塗装でOKにしてもらった。カビを心配する係官に、「いや、これは、レッドシーダーだから、大丈夫!」とかハッタリかまして。

で、5年使いました。カビは生えました。白木が部分的に黒くなってました。カビが日々成長していたわけではないので、衛生上、僕は問題ないと思うのですが、無菌状態が好まれる昨今、いや、更新をスムーズに行いたいから、kaffa busの木部内装のほとんどにサンダーを掛け、表面を削り、塗装を施しました。

なんか、スキッとする渋い配色で塗りたいという願望はあれど、色彩センスがダメな僕は、結局、ジャンクな塗装に逃げざるを得ず、まあ、いいかって感じに。汚い元を隠さず、色で誤魔化した。カビではないでしょ?と見える。まあ、要するに、カビのように、塗ったわけだ。その上から、クリアのアクリル塗料を塗って、もう水だの溢したコーヒーなどしみ込まない。従ってカビは生えない!もう、kaffa busにカビは生えない!

まあ、とにかく、今日は更新に成功!あと5年間、kaffa busは合法です。先週もJAFのお世話になりましたが、kaffa busあと5年は走り続けます。俺があと5年もつのか?カビだらけ?

屋久島の無農薬タンカン

30年位前の話。僕は、まだ若い愛農普及会のスタッフだった。おばさんは、まだ50代だった。

おばさんの同年代の友だちが、屋久島に移住しているという話を聞いていた。

ある時から、おばさんは、その屋久島の友だちと、頻繁にやりとりをしていた。

屋久島の伝統的液糖「コタギ」を復興させたい。という思いが、屋久島の友だち、今井さんにはあったのだと思う。コタギの製法が、他の古式糖の製法と、どのように違うのか?あるいは、同じなのか?おばさんは、語ってくれていたけど、今の僕には、記憶がない。

とにかく、当時、屋久島でコタギ作りは、ほぼ絶滅していたのではないか?と思う。少なくとも、屋久島に移住した今井さんの周囲にあったのは、古い、動かない機械や道具がそのまま朽ちようとしている共同の作業小屋と、そこで、暫く前までは、コタギを作っていた老人たちの話。

たぶん、話がスタートしてから、世界で愛農普及会だけで売られてる「コタギ」が製品化されるまでには、2、3年はかかっているような気がする。

コタギは、今はない。おばさんが亡くなって、押し入れから発見された3本がうちにあるだけだ。数年間は、コタギ作られてたけど。なぜだったか?機械が壊れたのか?あるいは、若い後継者がいなかったのか?

製造年月日11 5.20とある。平成11年だと思われる。最後のコタギ。今舐めてもおいしい。いろんな味がする。

その今井さんが、中心となったグループで、無農薬のタンカンが始まった。あの当時、タンカンって、ほとんど知られてなかった。僕も知らなかった。東京では国産柑橘類は、温州みかん、八朔、甘夏、夏蜜柑、伊予柑、ネーブルくらいしか流通してなかったな。その後、タンカン、文旦、清美オレンジとか、最近は、いろんな柑橘類がありますね。そう言えば、屋久島にはポンカンもあるはず。

そう、「コタギ」とほぼ同時に、放置されかかった畑のタンカンが、おいしいのに、売れなくて、もったいないからと、愛農普及会で売り始めた。みんな、びっくりしたと思う。こんなおいしい柑橘を知らなかったから。当然、売れた。

屋久島での、タンカンをめぐる猿との抗争話。想像してみて欲しい。甘くて濃いタンカンが実るけど、そこら中に猿がいる。

そして10数年で、そこら中でタンカンが売られるようになってた。今は、知らない人は少ないんじゃないかな?

愛農普及会には、今井さん繋がりで、今でも、年に一度、二度、屋久島の無農薬タンカンがあります。濃くておいしいです。

620円/kgで20kg以内なら、450円の送料らしいです。ぜひ、http://www.愛農普及会.comにアクセスしていただき、問い合わせフォームから、問い合わせ、あるいは注文してください。

Kaffa でも、来週、販売します。ぜひ、お試しください。

全宇宙の全ての「物」は。

昔、アルバイトで、中学生相手に、塾の講師をしたことがある。2年間。

国語をやりたかったのだけど、塾長に「理科と社会をやって下さい。」と言われた。

で、必死に勉強して、理科と社会を教えてた。

僕は、小中学生の頃は、勉強しなくても成績の良い子どもだった。で、高校は、運によって進学高に合格した。そこで落ちこぼれたんだけど、理科、社会は、一応長年学んでいたはずだった。

でも、いざ中学生に教えると決まったときは、愕然とした。何にも知らなかったし、何にも理解してなかった。よくあれで塾講師になろうと思ったものだ。無茶だった。

とにかく、あの2年間ほど勉強したことはないな。別に、高度な勉強じゃない。ただ、中学生の教科書を読み、理解しようとしてた。理解すれば、それを自分の言葉で語れるからだ。

教科書を読み、参考書を読み、図鑑を読み、理解しようと頑張ってた。

毎日が発見だったな。

一番驚いたのが、中学生3年?の理科の単元を勉強していて初めて気がついたことだ。

「すべての物質は原子でできている。」基本的には、「原子は、他の種類の原子に変わらない。」「原子は増えないし、減らない。」と、教科書に書いてあったし、僕もそれは知っていたはずだった。

すべての物質は原子が集まってできている。OKだ。水素原子は、生まれてから今まで水素原子だ。これからも。鉄原子もずっと鉄原子だ。炭素原子も、酸素原子も。窒素原子も。…。數十億年?

不増不減不滅。般若心経みたいだね。

ふと、気がついた。今僕の身体を構成している原子は、もう數十億年存在していて、いろんな何かの一部だった。恐竜を構成していたし、水だったし、風だったし、植物だったし、原始人だったし、ありとあらゆるものの一部だった。

僕は、この事実をそれまで知らなかったんだ。正直に言うと。40歳近くになるまで。びっくりしたよ。みんなが、なぜ平然としているのか不思議だった。

それから、大人向けの科学雑学の本とか、ニュートンとか読んで、さらにいろいろ驚いたよ。

で、結局、これ

「全宇宙の全ての物は、僅か17種類の粒子が、僅か4種類の力の作用によって集まってできている」らしいということ。

たった4種類の力。原子から僕になるためには、たったの2種類の力しか作用してない。「力」って何だろう?ものが、結びついたり、斥ぞけあったり。

4種類の力が、たった17種類の粒子に、及ぼす作用によって、それが絡み合って、全宇宙の全ての「物」が、今有るように存在し、その「物」と「力」のさらなる相互作用が「物」を変化させる。その結果、今、このような「物」として僕がここに存在し、あなたがそこに存在し、彼が、彼女が、あそこに存在し、あれやこれやがあちらこちらに存在する。

奇跡ではないだろうか?

この奇跡的な「物」として存在しながら、人間は、4種類以外の力を使う。愛し合ったり、殺し合ったり、支配したり、抵抗したり。この力は「欲」なのかな?生きようとする力?生命力?意思の力?

「生物」は、生きようとする力を生み出す「物」かも知れないね。

「人間」には、あるいは、「動物」には、その中でも特に「哺乳類」には、「生命力」の他にも、「欲」に根ざす力があるような気がする。

もはや、理科じゃないね。

今日、この記事を見て、思い出しました。この映像、よくできているんだと思うけど、もっともっと、びっくり‼️って感じで作れるような気がするんだよね。

全ての「物」の正体は「場」から生まれて「4つの力」で動く「17の粒子」であることが分かるムービー「What Is Something?」

米沢牛

昨日は、ほんとうに久しぶりに、米沢牛を食べた。

おっぺさんちに、おっぺさんの次男の達樹ファミリーと末娘の佐和子ファミリー(旦那さんは、千葉で仕事)が、おっぺさんの誕生日を祝いに来ていて、たぶん日本一おいしいイタリアンレストラン「base」の達樹&さくらシェフのパスタの夕食にkaffa家もお呼ばれされたわけ。

おっぺさんは、焙煎人の叔母。愛農普及会の創設者である「おばさん」の妹。創設当時からおばさんを手伝い、愛農普及会のスタッフだった。40年前から、10数年間。

僕が愛農普及会スタッフになった頃、たしか、おっぺさんのお腹に達樹がいた。でっかいお腹で狭いトラックの運転席に乗り込む姿が目に浮かぶ。

達樹も、佐和子も産まれる前から、愛農普及会のたべものからできていた。

産まれてから、すぐに、おっぺさんにおんぶされて、毎週、月曜日と水曜日、愛農普及会に出勤してたし、保育園にぶち込まれる前まで、愛農普及会で遊んでた。野菜が届く月曜水曜は、おっぺさんが昼飯を作って来て、狭い倉庫でコンテナを食卓にして、みんなで食べるのが日課だった。達樹も佐和子も、離乳食から、愛農のたべものだったな。

あの頃は、愛農普及会は、小平の狭い倉庫が作業所になっていて、目の前が車道、車道を渡ると小さな公園っていう立地だった。

おとなしくおんぶされてる間は、おっぺさんがおんぶしながら作業してたし、目が覚めると、おばさんが子守しながらプリントの原稿書いたり、原稿できたら、散歩しながらコピーに行ったり、時々、僕たち若いスタッフと公園で遊んだりしながら、育った。目の前の車道にヒヤヒヤしながら。

この2人は、ほんとうに愛農普及会の子どもだった。

達樹が3歳位の時、おっぺさんは、群馬で百姓になると言って、当時、愛農普及会と取引があった玉子農家の紹介で農地を買い、群馬に引っ越した。で、何年かかけて農業委員会に認可され、正式な農家になった。

おっぺ農場として、愛農普及会の生産者になったわけだ。

達樹は、中学2年まで群馬で育ち、野球にのめり込み、高校生時代は、東京の強豪校で甲子園を目指した。彼が幼い頃は、僕や義兄やS君が、愛農倉庫前の公園でキャッチボールで鍛え上げた?のだ。

甲子園は、予選決勝で敗れ、出場はできなかった。その後、どうするんかな?と思ってたら、高校卒業後、いきなりイタリアに行って、料理の修行を始めた。4、5年はいたのかな?料理修行しながら、イタリアのプロ野球リーグの外国人選手枠で、一応プロ野球選手やってたりして、驚いたな。

帰国して、イタリアで出会った、さくらさんと結婚して、さくらさんの地元の木祖村で小さなイタリアンレストランをやってる。それが、「base」、バーゼだ。日本一おいしいイタリアンレストランだと、思っている。

おばさんが生きていた頃、時々吉祥寺に来ては、おばさんと味の話してた。おばさんが亡くなって、一番悲しんだのは、たぶん、達樹だ。

「たべものの味について、ほんとうに分かり合えるのは、おばさんしか居なかった。」って言ってた。

愛農普及会は、おばさんの味覚によってできてた。僕もおばさんと長年付き合ったけど、結局、おばさんの味のストライクゾーンを理解はしてない。すごい狭いんである。それを理解してるのは、たぶん、達樹だけだろうと思う。焙煎人も、かなりおばさん的だとは思うんだけど、ゾーンの境界線がない感じ。薄らぼんやりした境界な感じかな。

そんな達樹が料理人として生きている。もう2歳の女の子の父親だ。愛農普及会の子どもが親になって、料理人である。

今や、愛農普及会にとっては、欠かすことのできないアドバイザーであり、食材を買ってくれるお客さんである。

昨日も、「秋場さんの玉ねぎは、いいよね。」って言ってた。僕も、焙煎人も、そう思って使ってたんだけど、何となくなんだよね。達樹にそう言われると、「あっ、やっぱり?そうだよね!」と嬉しくなる。自信を持って人に勧められる。愛農普及会の秋場さんの小玉玉ねぎは、最高ですよ、みなさん。

ああ、米沢牛の話なんだな。

昨日、達樹が、おっぺさんちの冷凍庫に眠ってた愛農の米沢牛のモモブロックと、肩ローススライスを、囲炉裏の炭火で焼いてくれた。

おばさんが米沢出身で、米沢の佐藤さんの米沢牛を40年前から、扱ってた。僕は、愛農普及会を知らなければ、米沢牛なんて知らなかったと思う。今でこそ、米沢牛は、ブランドとして確立されてるけど、30年前は、一般的ではなかったからね。

僕が愛農やってた頃は、愛農では、米沢牛を毎月第4週に注文とってた。切り出し1kgで1500円だったな。サーロイン300gで2000円とか。安かったなあ。

おばさんに連れられて、佐藤さんを訪ねた時、牛舎で、生まれて初めて、牛に舐められた。「ああ、これが牛タンなんだな。」と思った。生きている牛に舐められて、嬉しくなった直後、冷蔵庫を覗かせてもらったら、牛の頭がぶら下がってて、ちょっとショックだったなあ。

10年位前に、佐藤さんから、「今まで、かなみっつぁんだから、この値段で出してたけど、さすがにもう無理なんで値上げさせて。」って言われて、かなり高くなった。

それでも、一般的な米沢牛の価格と比べると、かなり安いみたい。だけど、kaffa家の家計的には、今や年に一度くらいの贅沢食材になってる。

それが、昨日、ラッキーにも食べられたわけ。達樹が囲炉裏の前に座り込み、炭火の上で、おっぺさんのネギと肉を焼いてくれ、醤油つけて食べるだけなんだけど、やはり、おいしい!

息子と娘も、それはもう、うまそうに食ってた。思わず動画撮ったんだけど、あまりにお下品なので、静止画にしました。

さっき、これ書いてる時、達樹が木祖村への帰り際、うちに寄ってくれて、コーヒー豆買ってくれたんだけど、ちょっと話をした。やはり、おばさんの話になったな。水の話もした。最近、バーゼの近所の清水牧場さんの湧き水に出会ったと。今は、秋場さんの小さい玉ねぎを弱火で、色をつけないように炒めて、白いスープにするのにハマっているそうなんだが、これをその水で作ってみると、また格段に違うんだと。うちのコーヒーもその水で淹れるとおいしいんだと。達樹だって、料理に水は重要だと知らなかったわけじゃない。だけど、ただ何と無く知ることと、五臓六腑身体ごと、存在ごと識るのとは違うだろう。たぶん、達樹の中には、水に対する新しい何かが生まれたんだろう。

水はコーヒーにとって重要。それはわかっているつもりだけど、僕にはまだまだ、深〜い認識にはなってないな。コーヒー屋としての課題のひとつだな。

達樹も日々、アップデートしてる。よりナチュラルに。よりシンプルに。

おばさん、きっと、にこにこしているだろう、天国があるとしたら。

base

愛農普及会